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小説家がめぐる「春を味わう豊島園」

公開:2023.04.11
著者:森美樹

小説家がめぐる「春を味わう豊島園」

練馬区在住の小説家、森美樹です。新潮社、光文社、扶桑社、祥伝社、講談社などで執筆しています。公募ガイド社他、文藝学校、コトノハ文学教室にて、小説創作の講師としても活動中です。
https://twitter.com/morimikixxx

湯につかり妄想すれば神の吐息が聞こえる、かもしれない。

湯につかり妄想すれば神の吐息が聞こえる、かもしれない。

駅に降り立つと、迎えてくれたのは舞い散る桜の花びら。

季節は春。昔読んだ小説に、「物質にはすべて神様が宿る」と記してありました。植物の芽吹きとともに、きっとあらゆる神様も目覚めるに違いありません。

練馬区に移り住んで10年以上になる私、小説家の森美樹が、今回、物語の種を探してやってきたのは豊島園。人々が吸い込まれていく先には、『庭の湯』がありました。

温浴にサウナに岩盤浴等々、身体と心をほぐすのに十分な施設が満載とあれば堪能するしかないでしょう。しかもこちらには、厳かな日本庭園まであるというのです。

都会から異空間へトリップ。

都会から異空間へトリップ。

一歩、足を踏み入れれば、東京らしさが払拭され、まさに異空間。

温泉、水場、他人同士、裸、そして人生の酸いも甘いも許容してくれそうな庭園……、と思考をめぐらせ、気分はすっかりファンタジー。

神様の話といえば、神々も多様なロマンスを紡いでいます。日本の神様も世界の神様も共通で、温泉を愛でる心と同じように、境界線はないのです。

今日はひとりで来ている私も、湯に浸かればたちまち身体がゆるみ、心もほどけていきます。夫との出会いを思い出し、甘酸っぱい気持ちになるのもご愛敬。

庭の湯にいらしている女性達は、皆一様に微笑み、湯を楽しんでいます。男湯にはご亭主がいるのかもしれません。まっさらな空の下、妄想にふけっているのは私だけなのでしょう。

垢すりでひと皮むけてみる。

垢すりでひと皮むけてみる。

身体があたたまったところで、垢すりに挑戦。

あられもない姿の自分を他人様にまかせていると、まるで女神になったような気持ちになります。とても贅沢なひととき、女神のように美しくありたいという妄想こそ、限りなく美しいのかもしれないと垢を落とされながら思いました。

さらに脳内セラピーも追加したのですが、こちらはスペシャルなヘッドスパといった趣です。身体が冷えないように全身をホットタオルで包み、まずはていねいにシャンプー。その後、後頭部全体のツボ押し&マッサージです。頭蓋骨がふやけるような手技は感動しかありません。さらに肩のツボを押されたり揉まれたりで、文字通り脳内のどこかが新たに覚醒したのではないかと思わせるほどです。

豊島園 庭の湯

 

天然氷で心身を浄化。

天然氷で心身を浄化。

身も心もひと皮むけて、血流も良くなった私が次に訪れたのが、『中町氷菓店』。

昭和生まれの私にとって、かき氷=頭痛という公式が成り立っていましたが、昨今のかき氷は見た目からして違います。特にこちらの天然氷へのこだわりは、並大抵ではないのです。

 

迷いに迷って私が選んだのは…。

迷いに迷って私が選んだのは…。

八ヶ岳の貴重な天然氷を仕入れ、繊細な技術によって削っています。傍目からはなかなかそのすごさはわからないのですが、食べてみると至極納得。

やわらかな天然氷はシロップに沈むことはなく、舌にふれたとたん儚く体内にしみ込んでいきます。

もちろん頭痛などするはずがなく、むしろ頭が冴えわたるのです。

季節をいただく、早生(わせ)グリーンみかん。

季節をいただく、早生(わせ)グリーンみかん。

私がオーダーしたのは、早生グリーンみかん。

ブレンダーでていねいに潰したみかんは色鮮やかで、香りも豊か。

最後の晩餐がこのかき氷でも、私は後悔しないでしょう。

中町氷菓店 練馬豊島園

 

庭園という名の静寂、その中にたたずむ。

庭園という名の静寂、その中にたたずむ。

軽くふくれたお腹を落ち着かせるべく、再び散策を開始。

『庭の湯』と反対方向へ進むと、こちらにも人が吸い込まれていく場所がありました。

『向山庭園』も、駅に近いのにもかかわらず喧騒とはかけ離れた空間です。

桜、雪柳、山桜桃梅、他、幾種類もの植物が季節ごとに入れ替わり、咲きほこっては見る人を楽しませてくれます。

自由に、優雅に、空に伸びゆく植物たち。

自由に、優雅に、空に伸びゆく植物たち。

高台の母屋からは、茶室と池と手の行き届いた花々が望めますが、私が惹かれたのは隙をつくように絡み合う野性味あふれた草木です。

生命力があっていいな、と思わず手を伸ばそうとしたら、枝で指を刺してしまいました。

「自由にさせて」と樹々が叫び、太陽の光をまんべんなく浴びているのです。

深呼吸をしたら胸が新緑の香りで満たされ、まるで今、生まれたようなまっさらな気分になりました。

神様とともに、眠りから覚めて。

神様とともに、眠りから覚めて。

季節のめぐりに合わせて、生き死にが決まる植物たち。春は草木にとって猛々しい季節。

やはり植物に宿る神々が、我先にと眠りから覚めているのでしょう。

とりわけ桜の木には、サービス精神旺盛な神様が人々をよろこばせようとしている気がします。

練馬区立向山庭園

滋味深き食材に手間と愛を込める。

滋味深き食材に手間と愛を込める。

太陽が傾きはじめ、空も陰ってきました。暮れなずむ空気はどこか幻想的で、私はまた導かれるようにカフェの扉を叩いたのです。

『titicafe(ティティカフェ)』は、「有機料理を提供する飲食店」。

有機料理提供JASの認証を得て運営管理された食材でお料理を提供しているという、こだわりと愛が詰まったお店です。

「titi」には様々な意味があり、「米国南東部の沿岸地域の低い木で、つやつやの葉と香りのよい白い花の総状花序を持つ」や、フランス語では「わんぱく小僧」。

私が注目したのは、インド占星術における「tithi」。ティティは月の暦・月の相・月の満ち欠けのこと。日本でも十五夜や十六夜など月の名前がついていますが、それに似ていて、全部で30の「tithi」があるそうです。そのひとつひとつに、インド神話の神様が配置されているといいます。

「tithi」と「titicafe」。スペルは異なりますが、いろいろ意味を調べていくと、つい妄想も深まってしまいます。

春色のお魚料理に舌鼓。

春色のお魚料理に舌鼓。

1日の締めくくりにふさわしいと、少し早いのですが夕食をいただくことに。

私が選んだのは、titisetの魚の香草焼き。

サラダ、スープ、ライスorピタパン、ドリンク付きという豪華さです。

この日の魚はサーモン。香ばしハーブが食欲をくすぐり、ふっくらとしたサーモンはいつまでも咀嚼していたいほどまろやかです。サラダのドレッシングも薄味なのにコクがあって、メイン料理を引き立てています。ポテトのかたさや水分も絶妙で、まさに名脇役。

コーヒーをいただく頃には、窓辺から見る桜が空に灯りをともすように光っていました。

 

 

ここでしか食べられない、魔法のタルト。

ここでしか食べられない、魔法のタルト。

豊島園といえば、2023年6月にオープン予定の『ワーナーブラザース スタジオツアー東京メイキング・オブ・ハリー・ポッター』の話題で持ちきりですよね。

『titicafe』にも魅惑的なスイーツが存在しましたよ。

その名も、「マンドラゴラのあんタルト」。魔法の世界ではおなじみの魔法薬の材料、マンドレイク(マンドラゴラ)の花を、和の素材のあんで表現しているのです。艶やかな見た目でいて、味わいは素朴かつ風雅。

お土産にふたつ購入しました。

ティティCafe

 

あたりまえの毎日、特別な1日。

豊島園がまるごと魔法にかけられたのか、はたまた神がかっているのか定かではありません。

ただひとつ言えるのは、皆が幸せになる場所だということ。

湯につかる、かき氷を食べる、散策する、食事をする……、あたりまえの営みが尊くなってしまう場所というのは、間違いなさそうです。

いかがでしたか。

春らんまん、あなただけの秘密の世界を探しに出かけてみましょう。

ライター・森美樹

ライター・森美樹

プロフィール

元少女小説家の小説家。

新潮社、講談社、光文社、扶桑社などで執筆。

2023年4月、祥伝社から「わたしのいけない世界」発売。

新潮社より「主婦病」「私の裸」「母親病」、光文社より「神様たち」刊行。講談社よりアンソロジー「黒い結婚 白い結婚」刊行。

扶桑社が運営するWEBサイト「女子SPA!」にて、ブックレビューの連載。

女性向けWEBサイト「ウートピ」にて、エッセイの連載。

公募ガイド社、文藝学校、コトノハ文学教室にて、小説の講師を兼任。