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小説家流「練馬を歩けば物語ができる」

公開:2022.07.01
著者:森美樹

小説家流「練馬を歩けば物語ができる」

練馬区在住の小説家、森美樹です。新潮社、光文社、扶桑社、講談社などで執筆しています。公募ガイド社にて、小説創作の講師としても活動中です。
https://twitter.com/morimikixxx
https://life.sexualproblem.jp/?page_id=150

小説のヒントはどこから生まれる?

小説のヒントはどこから生まれる?

練馬区在住の小説家、森美樹です。

見るもの聞くもの食べるもの、すべてに物語性を見出すのが私の癖。

 

「僕は豆大福の豆が白い顔に付着したたくさんの黒目に思えて、どうにも食指が進まなかった。」

「たくさんの卑しい目なんか気にしたらだめ。すべて丸呑みしてしまえばいいの。」

(森美樹著『神様たち』光文社「神様たち」より)

 

人生や小説を彩るのは主食ばかりではありません。おやつだって必要。私が心惹かれたのは豆大福です。

豆大福ってちょっと不思議な和菓子だと思いませんか。真っ白でつるっとした大福に、なぜわざわざ豆を入れてある意味無骨にしたのでしょう。

私は小説の中で豆大福の豆を「白い顔に付着したたくさんの黒目」と表現しました。和菓子屋さんに怒られそうですが、見ようによってはちょっと不気味ですよね。反面、好奇心がそそられて食べたくてたまらなくなりませんか。

1件目の豆大福は、あわ家惣兵衛さん。

餡を包む餅の粘りはやや弱く、噛みやすさに潔さを感じます。餡はというと、ふっくらとした甘さが舌にやさしく、ほどよい塩味が味を引きしめています。豆がまた絶妙な固さでいいです。

真っ白の中に時折黒が混ざると、人はそればかりを気にしてしまうものです。ここで豆大福の豆を黒目ではなく、ご自身のコンプレックスやトラウマに喩えてみるとどうでしょうか。

それを踏まえて2件目に行きましょう。

 

 

すべて食べて消化してしまおう

すべて食べて消化してしまおう

2件目の豆大福は、満月さん。

粘り気のある餅が舌に吸いついてきて、杵でついたつきたての餅を食べたようです。餡も舌にふれるととけるようななめらかさ。豆の歯さわりもほどよいです。餅、餡、豆が三位一体となって、舌、喉、胃においしさを届けてくれました。

そうです、まっさらな白い餅はご自身の心、豆はコンプレックスやトラウマ。でも、一緒くたにして食べてしまえば、混ざり合っておしまいです。気にせず、すべて消化してしまえばいいのです。

 

いっそのこと、誰かに食べてもらうとか

いっそのこと、誰かに食べてもらうとか

そして、私の小説に一番近かった豆大福が3件目、華泉さん。

こちらの豆大福は、豆が練り込まれているのではなく、トッピングされているタイプ。まさに白い顔に付着した5つの黒目です。

あるいは白の大福に鎮座した5つの豆は、大福という名の宇宙を司る星座ではないですか。

この一風変わった豆大福は、「えんどう豆が苦手な人にも食べていただけるように、えんどう豆を取り除けるようにしました」という店主のやさしさからできています。

コンプレックスもトラウマも、食べるのが嫌なら誰かに食べてもらおうというスタンス。

味わいも素朴で、どこか懐かしく、何度でも通いたくなるお店です。

 

ふたりでひとつのしあわせ、それは……

ふたりでひとつのしあわせ、それは……

「100%正しいしあわせなんて、ないかもしれない。けれど私達は全力でしあわせだ」

(森美樹著『黒い結婚 白い結婚』講談社「ダーリンは女装家」より)

時は6月。6月といえばジューンブライド。

以前私は、結婚をテーマに小説を書きました。結婚という響きは甘いけれど、生活は甘いばかりではありません。

お互いの趣味趣向をすり合わせつつ、ふたりでひとつのスタイルを形成していくのです。最初にぶつかる壁は、食の好みではないでしょうか。

わが家の場合、夫は卵が大好きで私は卵が大の苦手。苦手とはいえ、黄身と白身が完全に混ざっていて、なおかつ完全に火が通っていればOK。

こんな私のわがままを叶えてくれたのが、がちまや~さんのポークたまごおにぎり。

卵焼きはふんわりと甘く、塩気のあるスパムと相性抜群。片手で気軽に食べられるのも魅力ですが、断面の鮮やかさにも注目してください。

黒、白、黄色、ピンクは日常生活の縮図のような色合いである気もします。

病める時も健やかなる時、危険信号の時も、ラブラブな時も、ふたりで余すことなく食べようじゃないですか。

ふたりでひとつのしあわせ、それは二人一緒に作るもの。

ちなみに「がちまや~」とは沖縄の方言で、「食いしん坊」の意味だそうです。

 

憧れは花に囲まれた暮らし、でも現実はそうもいかない

憧れは花に囲まれた暮らし、でも現実はそうもいかない

「薔薇に毒があれば、薔薇を食べて死ぬのに」

(森美樹著『母親病』新潮社「花園」より)

私の小説には花もよく登場します。

主人公達は花を愛で、時に激しい思いを花にぶつけます。私の憧れがそのまま小説に投影されているのです。

実生活で花を身近に感じられればいいのに、と常々切望していた私が出会ったのがハーバリウムのボールペン。これなら執筆中でも花とともにいられます。

ハーバリウムのボールペンが自作できる、と聞いて行ってきたのがApied(アピエ)さんです。

https://lit.link/apiedflower

https://www.instagram.com/apied.flowerlife/

花の選び方で、心の中もわかるかもしれない

花の選び方で、心の中もわかるかもしれない

こちらはプリザーブドフラワー、ハーバリウム、リボンのサロン。迎えてくれたmisa先生は、初夏の空のようなワンピースで笑顔もやわらか。

まずはボールペンの本体から決めていきます。ボールペンの上部がハーバリウムになるので、花の構成を考慮しつつ下部の色を選ぶのです。

私は濃いピンクと淡い紫をチョイス。

完成イメージを膨らませながら、小さなドライフラワーを組み合わせていきました。

「官能小説」にふさわしいデザインとは

「官能小説」にふさわしいデザインとは

濃いピンクのボールペンには、深紅と薄ピンクの花をメインにあでやかさを演出。私の小説は「官能」とも評されるので、作者である私も女っぷりを上げなければなりません。

片や淡い紫のボールペンは、心の平穏を保つ色合いを意識しました。規則的に並べた黄色と白と水色の花は、見つめているだけで清凉感あふれる風に包まれているようです。

イメージが固まったら、花をボールペンの上部、透明の筒に配置していきます。ピンセットでつまんで入れ、竹串で整えるのですが、不器用な私はちょっと苦戦しました。ドライフラワーでも花にもやはり命があるのかも、と悟った瞬間です。

上下さかさまになったり、横を向いてしまったり、なかなか言うことを聞いてくれません。ハーバリウムオイルを足しつつ、花を入れ、整えて、を繰り返すこと約30分。ようやく1本完成しました。

出来上がったボールペンは唯一無二、私だけの作品、いいえ、私だけの花です。

小説も、本の中に閉じ込められた花かもしれない

小説も、本の中に閉じ込められた花かもしれない

手作りのハーバリウムは、自分の生きた刹那を閉じ込めるものなのだ、と感激しました。

もしかしたら生花よりも小説に近いのかもしれません。

小説も、本の中に閉じ込められた永遠の物語ですから。

折しも今日は、私の結婚記念日。

淡い紫のボールペンは主人へプレゼントしました。

これからもふたり、平穏な毎日を過ごせますようにと願いを込めて。

素敵な時間を過ごさせていただいた、Apiedさん。

普段サロンで使用するボールペンは無地のものですが、「この記事を見た方は絵柄付きの本体(写真参照)もOK」とのことでした。

手にしっくりとなじむ私だけの花で、今日も小説を書き続ける私です。

これからも物語は続いていく

これからも物語は続いていく

小説家の日常は、案外地味です。

日々、自宅にこもって文章を綴る、それだけです。

でも、平凡の中に光を見つけるのは得意なのです。

これからも練馬の地でたくさんの尊い光を探して、物語を書き続けます。

森 美樹

https://twitter.com/morimikixxx

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